初枝さんのお弁当⑥

タイミングを外した理由が必要だった。

おかずの蓋を閉じるちょっとした必然が欲しかった。

しかし、どこをどう探しても見つからないからいつものように思考停止に陥ってふらふらと追い詰められている。

むしろその後を想像しながら薄ら笑いをしている僕がいる。

追い詰められたら膝を折って泣き出すいつもの自分だったしもはや空腹なんてどうでも良いのだ。

この苦境は、瞬間で処理をする必要があるのだが時はお構いなしに進んで行く。

女子は不思議な顔をしてまだ僕を伺っていて振り向きをやめない。

この流れる時をどう処理するというのだ。

溜息だ。溜息をしてやり過ごそう。

そうだ、お腹なんか空いてないんだ。しかし僕の役目は目の前のお弁当を仕方なく食べなくてはならないのだという素振りをするのだ。

諦めた僕は平然とした態度で水筒の外蓋を回してとりだした内側カップを机の上に置いた。

大きく息を吸って吐きながら置いた。

何も入っているはずがないその空間に何かがそこにちょこんと存在している。

何も入っているはずのないカップの中に理由と必然が現われた。

最初はそれが何かがわからなかった。

取り出し口から急いでガチャガチャを取り出して中身を確認する少年のような心境だった。

今朝、お婆ちゃんが聞いてきた

「学校にはお湯はあるのかな?」

「カップ麺が購買部にあるからありますよ」そう答えた僕は少しだけ不安になった。

まさかカップ麺がお弁当?

いやそれでも良いか、いやそのほうが良いかもしれないと思っていた。

なんと、カップの中にインスタントの味噌汁が存在しているのだ。

これだ、僕は味噌汁のお湯を注ぐ必要があるのだ。

今ここに立上った、堂々と立上った。

もう怖くなんかないぞ、泣き崩れなくて良かった。

いざ行け、さあ援軍が来た。

理由を見つけた僕はカップをもって購買部に向かった。

早足で戻った僕を隣の男子が羨んでいた。

「味噌汁っていいやんなー」食べ終えている彼はそういってこちらを伺っている。

数人が明日からのインスタント味噌汁持参を誓っていた。

こうなればこっちのものだと感じ始めた。多少のみすぼらしさ位は耐えられそうな気がしないでもない。しかもみりん干しの焼魚だけではないだろうと少し気が楽になった。

味噌汁を口にしながら、今度は何気なく事も無げにゆっくりと蓋を外した。

左から卵焼き3つ、ウインナー3本、焼魚2つ

大きくグッドだ。大きくほっとした。

重なったみりん干しがその面積を大きく支配していたが満足だった。

味噌汁が大きなポイントだったことは言うまでもないが不安を一掃した僕は机にしまったスタイリッシュな巾着袋を取り出した。

一転して力強さが備わった僕のお弁当にさらにバランスがとれた華やかさが加わったのだ。

安心した僕はごはんが納まっているもう1つの蓋をあけて更に驚いたのだ。

びっしりと、そぼろと錦糸卵が半々にご飯を覆っている。

歓喜だ、まさにお祭りである。

普段から喜びの最中にその心中を表現しない事に慣れている僕は有頂天であれ顔は先ほどと同様に少し物憂げに写っているはずだ。

浮かれた顔になりそうなのを必死に堪えた。

「うまそー」食べ終えた少年が隣から声を掛けた。

戦いに勝った

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