結局、僕は年末に彼女と別れた。
優柔不断で臆病な、男気がない僕と我慢して付き合ってくれた。
最後もこちらからは連絡することなくずっと僕は電話を待っていた。
怖かったのだ、彼女の気持ちを確かめる事が怖く、別れを切り出される事を避けていてビクビクしていた。不意に土曜の夜に部屋のチャイムが鳴る事を願っていた。しかし重なっていく平日の中で限界点は次第に大きくはっきりとしてきた。
ひと月が過ぎようとしていたある朝、偶然に通勤途中で僕らは再会した。目が合って気まずそうな顔をして近づいてきた表情に、この子の中で限界点は超えたんだと感じた。
強めの化粧をしていて「ごめんね、置いている物は全部捨てていいから」はっきりした言葉の中に新しい彼が出来たんだと悟った。「ごめんね」僕は最後にそう言って僕らの3年間は終わった。
苦しさに悲しさが加わった憂鬱な休日の中でどこまでもぐるぐると回転しながら落ちていく自分がいた。アルコールに頼って悲しい歌を聞きながら深い闇に入ると次第に意識がなくなって眠ってしまう。
上司になった彼女が朝礼で僕を罵っている、「頑張ります、来月は必ず達成します」細く小さな声で言ってみる。同僚は蔑んだ目で睨み、男らしさを主張する。言い訳がなくなった僕はそれでも「すみません出来ません、出来ないんです」と今度は卑下しながら鞭を打ってくれとばかりに笑みさえ浮かべて下を向いて許しを乞うている。
上司は部下を選べるが部下は上司を選べなく、その営業成績ではやっていないのと同じだと、給料の4倍の利益を出せと詰められる。苦しさの原因は全て僕にあり周りから取り残された原因も僕にあった。生活の全ては絶望で構成されて逃げ場がなくそれでも忍耐だけは持ち合わせていて息を切らせて前に進むがやがて躓き倒れる。
無理矢理に起こされてまたふらふらしながらぽつぽつと歩き出す。
何かが違うと思っているが何が間違っているのかがわからない。何の取柄もないからこの仕事に就いた、ただの努力不足だろうか。がむしゃらに働けとは言われるがそれだけでは解決しなかった。
ルール通りにしても、工夫を重ねても成績は上がらない。職種が向いてないのではなく劣っているのに努力しないのが悪いのだと思いつめる。
しかしセンスがないとは思っていない、ほんのちょっとのこの自信も確実に僕の中には存在している。決して積み重なることがない丸く大きな石を、何度も重ね合わせようとしてこぼれ落ちないように必死に両手で支えているようだった。
不条理な事を言われて愚かなことを繰り返しているようだった。他人からだけではなく、このままでは僕は僕を否定しまい狂ってしまう。そう感じ始めて出口を探し始めた。
やり直せば良い、もう一度やり直せばよいのだ。飛び乗ったトロッコが滝に落ちるのを知っているのにずっと堪えてブルブルと震えているようだった。間違っていたのだ。乗り違えただけでレールはいくつも敷かれているはずだ。
脱落者の烙印が怖くて汚れる履歴書を恐れている。崖を前にして飛べないで泣いてばかりいる。それならいっそ思い切って飛んでしまえ。
夢の中で僕は遂に退職を決意した。この大事な決断を夢の中でしたのだ。
まだページを捲らないでテーブルに置いたままの本を横目に掃除をしていた。
読まずとも心の中に何かが少しづつ湧いて出て来る、閉じたページの隙間から輝く光線が見えるようだった。このタイトルに触れるだけでも僕の薄氷の心が次第に重なり続けて厚くなっていくようだった。
しかし、万が一期待外れも予想される為にそっと祈ってもいた。
いつもであれば二人で夕食を済ませて駅まで送って行き、帰りのコンビニで1ケースの煙草を買うのが休日の夜の日課だった。飲みたくもない強めのアルコールを喉に流し込む憂鬱な深夜に抜け殻になった自分を否定ばかりしていた。
その夜、退職届を書き終えた僕はアルコールを否定して夜遅い時刻からそっと読み始めた。
「憂鬱でなければ仕事じゃない」
限界点はまだもっと先にあると信じることができた。