専門家がいるのに素人考えで出しゃばって大事を行ってはいけません。
「4時限目はバレーをするから中学校のコートに集合するようにってさ」バレーボールは得意です。正確には経験が無い人よりは上手いと思います。何しろ中学の時に僕はバレーボール部だったのですから。もひとつ正確に言うとレギュラーではなかったのでそれ程ではありません。
この時は未だ小学5年生で経験者ではないのですが近所のバレー部のお兄ちゃんから基礎的なオーバートスやらレシーブなどは教えてもらっていました。そのカッコよさからアタックをやってみたかったのですが高すぎるネットでは無理でした。
‘ブロックが一番気持ちいいよ‘ 経験がある人は同調する人が多いのではないでしょうか?相手のエースアタッカーを止めるブロックの快感といったらありません。
早くやってみたい事がありました。ボールを追って飛び込んで胸を滑らせるレシーブです。男子ですから回転レシーブはしないことを教えてもらっていました。
新設の体育館がまだ完成しておらず仮設の野外コートが隣接していた中学校にありました。数か月間のまに合わせの仮設の為か雑草が生い茂る土面に簡易なコートがありました。
アタックなんて出来ないしゲームになるかなと思いましたが、先生がネットを低くしています。僕の町ではバレーボールが盛んでした。少し離れた所にある高校が頻繁に全国大会にもう一歩のところまで勝ち進むからだろうと思っていました。
1学年1クラスでした。40人ほどが集合してますが女子の内3~4人が見学しています。なぜ休んでいるのかはこの時はまだ知りません。先生が身長を考慮して6チームに分けます、経験がある僕はもちろん張り切っています。
時間的に1ゲームしかできない事が残念でしたが見せ場は頻繁にあるはずです。しかしこれも残念なことですが臆病で小心者の僕は後衛のセンターに陣取りました。
「背が高いから前衛がいいんじゃない」といわれましたが僕はこんな時にもチームメートの実力を先にみたくてそこを動きません。
ゲームの中で順番に入れ替わるわけですから必ず華麗でなくとも周りの誰よりもましなアタックができるはずです。
相手に勝つことより自分が恥をかかない事に注意を怠らない事が最も大切なことです。しかし負けても自分だけは活躍することもまた大切なことでした。
ゲーム開始です。
アンダーハンドのサーブが飛んできました。左側の女子が上腕でレシーブします。
大きく後ろに逸れたボールを追いかけたのは僕です。
高く舞い上がったボールにいきなりの見せ場を感じた僕は「OK!」と叫びました。
何回もした練習であり、取れる範囲でしたから当然のことでした。
得意満面に余裕の動作で前方に球を送ります。
成功です、いきなりのヒーローのはずです。
次の瞬間に右足に激痛が走りました。その場に倒れこんで痛くて泣きました。
そうです泣いたんです。
ズンズンと痛みが増してきます、持ちこたえられなくなるようです。
痺れてきた右足が痙攣しているの見てそのまま気を失いそうです。
何とか自分で靴を脱いだ僕は流れ出る血をみて更に怖くなり泣き続けました。自分の身体からこんなに大量の血が出たことはもちろん初めての経験です。
しかし問題はその痛さでした。
理由は簡単なことです、土面を簡易に均したコートに釘があったのです。運動靴を突き刺した錆びた5寸釘は更に幼気な少年の右足の裏に突き刺さったのです。
「保健の先生を連れて来なさい」担任の先生の顔色は蒼白です。僕の顔はもっと歪んで青かったはずです。「早く保健室に連れて行ってください」と消入るような訴えをしました。
身体の大きい友の背中でも泣いていました。
保健室で靴下を脱がされた僕は痛くて痛くてふくらはぎをぎゅっと両手で掴みました。
状況としては救急車のはずです。大怪我なのですから。
保健の先生はベッドに寝かせた僕の足をガートル台で吊るしました。
なぜだろう、なぜ病院に連れて行かないのだろうと思っていました。この状態になっても主張できない程に小心物であることに違う涙が出そうになりました。
今に思えば看護師ではないはずの保健の先生がその辺の薬局で手に入るような薬剤で治療とは言えない手当をしています。
しかし本当の事件はこの直後に起こったのです。
幸いにも次第に痛みは引いてきましたがすでに後遺症も気になり始めていた心臓の鼓動は過敏になり事の重大さを感じていて早いままです。
担任が何やら手にして部屋に入ってきました。
なんと金槌をもっているのです。
保健の先生は合点がいかず不思議な顔をしています。
「腹ばいにさせましょう」
言われるままに枕に顔をうずめた僕の足を抱えるように片手で持ちました。
「何するんですか」一応出血を止めてくれた彼女の声が若干震えているのを感じた僕は恐怖に慄きます。
「叩くんですよ!これで。中に入った血を出すんです」
「じゃないと釘の錆が体の中に入ってしまい大変なことになる」
むちゃくちゃなことを言ってありえない事をやろうとしている悪魔です。
しかし何を根拠に馬鹿な事をしようとしているんだとはその時に僕は思っていないのです。
後遺症が怖いと思っていたので受け入れるしかないのかと断念したのです。
丁寧に巻いた包帯を素早く外した悪魔は最初から強めに叩き始めました。
当然ですが再び気を失いそうな激痛が襲ってきました。
「がんばれよ」
低めの声でささやく悪魔のどんな声援も響きません。
せっかく止まった血が体内から再びあふれ出しているのがわかります。生徒を金槌でたたく担任も必死なのですが、もしかしたら無駄なことをされているのではないかという疑問がぬぐい切れないためか痛みは最強になっています。
僕はこの時にまさる痛みをいまだに経験していません。
「まだかな?」自問自答した悪魔は溢れているであろう僕を形成している大切な血流を、眺めながら、彼なりの根拠で叩き続けます。
痛みが頂点となり「だめです、やめてくださいっ」始めて先生に大きな声で強い訴えをしました。
生徒に怪我をさせてしまった。僕の親にどんな報告をしようかと思っていたことでしょう。
事が大きくなれば校長先生にも責任が及ぶ恐れがあるかもしれません。教育委員会という文字も浮かんで来ていたでしょう。
どうしたことか僕は責任は自分にあると思っていました。心情を素直に話せば自業自得としなければ何となくまずくてヤバイ方向に向かってしまいそうだと思っていたのです。
しばらく保健室で休んでいましたがクラスの誰も来ることはなかったし他の先生も来ませんでした。
遅い給食を当番が持ってきましたがドア越しに保健の先生が引き取っています。この時に僕は自分でも理解しがたい感情が芽生えたのです。なにやら気持ちがいいのです、心持が良いとでもいうか得意であるというか。運動会のリレーに選ばれたときとは少し違う、テストで良い点と取った時にみんなに羨ましがられた時とも同じではないのですが何となく似ている気持ちでした。どこかに隠れていた何かが目覚めた瞬間でした。
結局、僕は担任の車で病院に向かいました。
医師は言いました「そんなことしても何の効果もなくむしろ逆効果で痛いだけですよ」
胸を滑らせるレシーブをしなくて良かったと思いました。