灰色になっていくのがその時であって白が汚れはじめるのはもう少し早い時間のはずだ。
上司は既に帰宅しており社内には営業の男子社員ばかりが残っている。
話す言葉が一段と大きくなり、笑顔さえ伴っている。不足する数字に苦悩する歪んだ顔が次第に緩みだし、中には歌いだす太平楽な男もいる。
お互いが牽制し合い上司が帰るまで帰社時間を調整しながら事務所に戻ってくる土曜の夜の景色である。
事務所の中が明さを取り戻す週末のこの時間が僕は好きではない。
月末にはまだ少し時間があり、届かない数字の言い逃れを探しだす最終段階までにはもう少しだけ余裕がある。
その余裕を有効的に消費するために土曜の夜は存在している。
その限られた時間を有意義に過ごすことは現実からいかに逃避できるかという事であり、自身の境遇を違う何かに替えることである。
ほとんどは飲酒に逃げ込む。
その年の春、僕は彼女と別れた。
深い酒に溺れても誰にも迷惑を掛けないし誰も僕を必要としていない。休日を謳歌する趣味もなく群れ遊ぶ友もいなかった。
アパートに直接帰宅したのでは逃避は覚束ない。途中の駅で電車を降りてみた。騒がしい居酒屋を避けてお一人様焼鳥と書いた暖簾をくぐる。早く酔ってしまいたい為にビールジョッキを2杯注文する。
流し込む痛快な喉越しは少しずつ違う浮世の裏側に連れ出してくれる。
ふわふわとしたその世には悦楽だけが存在しており脳内はスキャンされて不安がなくなる。
アルバイトの女性に話しかけてみる。
勇気を備えた自分に驚く。
頭痛を伴う目覚めは12時を過ぎる。
空腹に促されスウェットのままコンビニに向かう。カップ麺とおにぎりを食べる前に一瞬考える。
「食べてしまうと終わりを迎える」
欲望が消える。
食と性と睡眠の欲が消え去ると恐怖だけが残る。
しかしまだ時間は残っている、まだ少しの時間の猶予がある。
前夜の酒で恐怖の炎はくすぶったままで消えないまでも燃え盛ってはいない。
デジタルの41がめくれるまでに1時間を所要しろと思う。
明日朝までの1分は1時間毎に時を刻めと本気で願う。
かの地からミサイルが飛来しろとさえ思っている。
もう一度、アルコールの力を借りる。
もう一度、あの裏側に行こうとチューハイの缶を開ける。
消えたはずの欲に誘われて再び眠りにつく。
この週末はまだましである
来週末は実績の会議が待ちわびる月曜が控えている。
「出来ないのではなく、やらないのだ!」
間違ってはいない。
やる気はないがやらないといけない事もわかっている。
随分と努力を怠っていることも自覚している。
当たり前のことを当たり前にやっていない事も重々承知している。
パタリと41が42に取って代わり、ゴルフ中継が佳境に差し掛かる時刻になると強力な力で現実に叩き落される。