近代文学を好んで読むようになったきっかけはこの短いけし粒小説だった
求めていたものを見つけたようだった。
自分も全く同じことをして同じ気持ちとなりそうだと感じた。
狂おしいほど共感してしまって何度も読み返した。
他にないなぁ、あるんだろうけどなぁ
復員
四郎は南の島から復員した。帰ってみると、三年も
昔に戦死したことになっているのである。彼は片手と
片足がなかった。
家族が彼をとりまいていて珍しがったのも一日だけで翌
日からは厄介者にすぎなかった。知人も一度は珍しが
るが二度目からはうるさがってしまう。言い交わした娘
があった。母にたずねると厄介者が女話とはという顔で
あった。すでに嫁入りして子供もあるのだ。気持ちの動揺
も鎮まってのち、例によって一度は珍しがってくれるだ
ろうと訪ねてみることにした。
女は彼を見ると間の悪い顔をした。折から子供が泣
きだしたのでオムツをかえてやりながら「よく生きて
いたわね」と言った。彼はこんな変な気持ちで赤ン坊を
眺めたことはない。お前が生きて帰らなくとも人間は
こうして生まれてくるぜと言っているように見える。け
れども女の間の悪そうな顔で、彼は始めてほのあたた
かいものをうけとめたような気がして、満足して帰っ
てきた。