右を左へ東が西に

コンプレックスの数を数えていたら悲しくなった

24才でした。

不器用な僕でも車の免許はすんなりと取得できました。

程なく中古の軽自動車のオーナーとなった僕は新たなコンプレックスがまた一つ自分の中に潜んでいることに気付くことになります。

帰省してマイカーを得た僕は得意満面でした。まだ学生を継続していて時間は持て余すほどあります。バイト代はそのまま遊ぶ事だけに消費していた愚かな人間が車まで手に入れたのです。

母が作ったチャンポンをおかわりした後に心地よいお昼寝をしました。

好事魔多しとはよく言ったものです。

なの花が香りだしそうな晴れた午後に帰途につきました。

1時間ほど走った所にあったインターで高速に乗ろうか迷いましたが、そのまま下道を選択しました。

更に1時間程して反対車線側にあるコンビニに余裕の右折をして休憩することにしました。

煙草はいつもより心地よく肺に流れ、たっぷり入れるミルクもその日はブラックにしてコーヒーを飲みました。

疲れてなんかいないのです。「まだまだ遠いな~」とか「レポートを早く仕上げないとな~」とか独り言ちています。しかし全くそんな事は気にしていません。

お墓参りで帰省しUターンしている出来た息子を演じているのです。妄想の中では当然、数年前に免許は取得していて乗っているのは新型のスカイラインです。

「フゥー」と全然疲労の色が伺えない溜息をついた僕はハンドルを再び握りました。

山村の緑はやがてなくなり華やかな街並みが孝行息子を出迎えてくれるはずです。

あることに気が付きました。

ずっと左に流れていた川が右に流れています。日本には並行して流れる同じような水量の2級河川はないはずです。

更に1時間、ハンドルを今度はきつく握っています。真正面に元気だったはずの春の陽が山端に沈みそうです。汗は背中をジトっと伝って流れはじめ、心臓が急に早く血液を流しはじめました。

視界が開けた所に2時間前に迷った高速の入口がありました。

小学生の頃、友達の家に行き「じゃあね」の後に台所に入り笑われたことがありました。しかも「トイレ貸して」の後に妹さんの部屋に進入した日でした。

その建物の近辺の景色は直ぐに浮かびますし今いる此処も当然わかります。しかし此処からその建物への道筋がぼやけているのです。

新卒の社員と同行営業に回る日でした。決して成績がそれ程でもない僕は助手席に乗っている新人よりも緊張していました。

帰社して彼は言いました「わざわざ遠回りをしてまで仕事の説明をして頂きありがとうございました」

車通勤の僕は毎日同じ経路で往復します。大通り以外の選択はありません。

この時間はここは混んでいるからとか、信号待ちで何番目だから等の理由で経路変更することはありません。

その雨の夜は酷い渋滞でした。理由は工事ではなく事故だったと思います。お腹が空いていた僕は意を決して迂回することにしました。

自信はありました、遅刻しそうな朝はいつもと違う近道をいくのですから。何度も遅刻しそうになり何度も通った細い路地を逆に進めば良いのですから。

全く違う土地につきました。

ハンドルを叩き、タイヤを蹴りつけたい衝動に駆られます。

カーナビを購入することにしました。

僕はドライブデートはしないことにしています。

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