カブトムシ最後

高校の夏に姉の家族が帰省してきた。

甥っ子はジイとバアがいる母の実家で絵葉書にあるような夏を過ごしに来た。

ここにはスイカも海も花火も夏祭りもあって魚釣りもあり灯篭流しさえもあったし

加えて普段は厳しい両親が少しだけ優しくなり数日で父親は会社に戻る為に一足早く都会に戻るのだから小学3年生にとってはまさにパラダイスに違いないだろう。

「マモ君!カブトムシ取りに行こうよ、お母さんがマモ君はカブトムシがいる場所を知ってるって言ってたもん。ねー行こうよ」

大きな目が輝いている、あの頃の自分と重ね合わせていた。

昆虫図鑑を手にした彼は母親に駄々をこねておもちゃをねだる時にするであろう悲しみを含んだ表情ではなく、期待ばかりの弾けた笑顔をしている。

「本物は見たことあるの?あっ百貨店であるか」

「ヒャッカテンってなに?」

翌朝、早起きをして2人は森に出かけた。

あの頃と同じ道のりであの木の下にたどり着くが見上げた枝はあの頃より低く感じた。

肩車をして樹液が溢れ出た穴を覗かせると

「いる!いる!大きいカブトムシがいる、凄い凄い」

興奮した甥っ子は身体を揺れ動かしながら叫び声をあげる。

「どうやって捕まえるの、怖いよ」

そうだった、実物を見たことがない彼が捕獲の方法を知らないのは当然だろう。

一旦、肩から降ろすと小石を拾って

「あのね、こっちが背中とするやろこっちがお腹ね、中指で背中を押さえてから右に傾けて親指でお腹を押さえて捕まえるんよ、ちょっと練習してみよう」

「わかった!でも噛まれないかな、大丈夫と?」

不安を興奮で押さえた彼は真剣な表情となり意を決した。

昆虫採集に挑む都会の少年を僕は愛おしくなり最高の夏の想い出を作るべく応援し、日記に自分も登場するであろうことに興奮していた。

「捕まえた!」

肩から降ろした彼はメスのカブトムシを教えたとおりにしっかりと掴んでいた。

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