カブトムシ③

「ゲジゲジね、なんもせんよ。ムカデみたいに嚙まれることもないし」

母は笑っていた。「もしかしてあんた、それが怖くて帰ってきたん?」

父が出張でいない事はよくあることでお祈りをして汽車に乗った僕を神は聞き入れてくれたのだ。

「昔、ここでうたた寝していてムカデに脇腹を噛まれたことがあったやんか。それ以来怖いんよね」僕はいささか同調してくれない母に怒っている。

「だけんね、ゲジゲジは噛まんって。むしろ多分クモとかゴキブリとか害虫を食べるんよ」

クモは害虫だろうか?

ものすごく変な感情であるが極小なクモにはむしろ僕は愛着を感じる。

掌にさえ乗せることができる。

「梅雨が過ぎたらおらんくなるよ、じめじめしたところがゲジゲジは好きやから。

石垣があるやろ下宿屋さんに。あそこにおるんよね多分ね、あした石垣の中を覗いたらわかるっちゃないと」

なんにも解決しない事を母は言い出した。

しかし会話の中で見つけ出した解決策は湿気取りのシートと害虫防止剤であった。

決定的な物であるのかという不安と、無いよりは良いかという少しばかりの期待が同居したがそんな物では奴の戦力には敵わないという思いが僕の中にうごめいている。

部屋の中の湿気が収まったとしても一歩部屋を出ると梅雨の湿度だ、日本の家屋建築は夏を基準としていると学校で習った。

まさに下宿屋さんは立派な日本建築であるために風通しは良いだろうが湿気も同時に家中に充満しているのは否めない。

悶々とした中で母が作った夕食を食べているとキャメが裏口から帰ってきた。

ミャーミャーと催促している。

姉がどうしてもと言って飼い始めたキャミの2代目は僕が高校に上がる時に両親が招き入れた。

もう随分な年齢で動きはのろまだけども朝食を済ませると家から出て行って夕方こうしてちゃんと帰ってくる

。背中にコブがあって姉がキャメと名付けた。

既に姉は家を出ているが2代目が実家にいることを喜んでいたらしい。

子供が家から出てしまい寂しさ故の2代目でない事を僕は知っている。

父である。

あの厳しい父がキャミを欲したに違いないのだ。

母はペットには全く興味がないし厳格で息が詰まりそうな生活の中でも安らぎをペットに求める事は考えにくい。

我が家にはヘビが出た。

父はヘビを恐れた、ムカデを恐れていたかは知らないが明らかに蛇を怖がっていたのだ。

僕が幼少の頃、階段の下にヘビの抜け殻が発見された日に父は驚いて大きい声で母に始末を支持したのを聞いて何だか弱点を見つけたようで心持ちが良かったのを覚えている。

しかしこんな怖がりな僕でさえも不思議とヘビへの恐怖はない。

「キャメを連れて行こうかなダメかな?良いよね」

「ダメヨ」大笑いした後で母は情けない顔で僕を見た。

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