フェチ④

どうしてプールに行こうとなったのかは思い出せない

海辺で少年期を過ごした僕はプールに行ったことはなかったし見たこともなかった。

高校には水泳部がなくその存在はTVでしか知らない

はたして人工物の中で泳いで楽しいものだろうか

そもそも海水浴ではなかった

僕らは魚をモリで刺し素潜りでサザエを摂るために泳いでいた

心拍が他の生徒より早くて心臓が強くはないと訳の分からない判断を通知表のコメントで担任に指摘された僕でも息継ぎを長い事しなくても平気だった

パラソルは不要の物だったし空模様も関係なく獲物をどれだけ摂ったかを競い合っていた

おかげで早い潮の流れにも対応できた

その日も薄い雲が次第に濃くなっていきソボソボと雨が落ちてきた

山の端に怒りを増して立上った積乱雲も跡形もなく消え去り濃い鼠色に形を変えて空全体に広がってきた

同時に助手席の彼女の顔も曇っている

こんな時に僕は不思議と楽しむことができる

M性がでる

社会に出てから上手くいかない事だらけであった、不機嫌で始まりが最低な時こそやりがいが出てきて逆にウキウキさえしてきてしまう、これも想い出のひとつと脳内の思考を変更する

雨脚が強くなったプールには人影がなくほぼ貸し切り状態であった

着替えを済ませて帰途につく家族連れや若者たちを横目に服を脱いだ

自分の肢体を晒す恥ずかしさを隠すように「サングラスかっこいいよ」と言いながら彼女が近づいてきた

水着の上にTシャツを来た彼女は諦めたように笑っている

「潜ってさ、どこまで行けるか距離を勝負しようよ」

「私が負けるに決まってるやん」

「1回息継ぎしてもいいよ」余裕で返す

「2回ね」

「だめよ、俺は息継ぎ無しなんだから」少し乗り気な彼女にほっとしていた

胸まで浸かったなかで腕組をして横に並んだ僕らを監視員は何してんのこいつらという目で見ている

そらそうだ

しかしアルバイトといえお仕事は遂行しなければならないはずだ

「恥ずかしくない?見てるよこっちを」気恥ずかしさの種類が変わった彼女は心地が悪そうだ

「どんな競技だって選抜された選手は注目を浴びるよ」笑った僕に彼女もつられている

大きく息を吸って彼女は飛び出した

直ぐに動きを止め浮き上がって「待った待った、息吸いすぎたからやり直し」

真剣な顔が急に可愛く写った

「水の中を平泳ぎで進んだほうがいいかな?」

「そりゃあ顔だけつけてクロールが一番記録は伸びるだろ」コーチの言葉に彼女はクロール出来ないといって深呼吸を繰り返している

何を思ったか「ちょっと待って」と言い残しプールを出て更衣室に走り出した

監視員が目で追っていることに優越感を感じると同時に見すぎるなよと少しだけイラついた。彼女は胸はないがスラっとした長い足は僕より年下に見える彼には魅力的に躍動しているだろう

戻ってきた彼女の髪はゴムでまとめられている

あえて自分も楽しもうとしているのか僕に気を使ってそうしているのかはわからないが

いい子だなと思った

ため込んだ息を止めホッペを大きくして勢い込んで平泳ぎで飛び出す

水面に浮かぶ臀部から伸びた両脚が規則正しく水を蹴りスイスイと進んでいく

「なかなかないぞこれは」思わず口に出た

パラソルの下にいて、はしゃいでいる他人を見たりナンパをしたりされたり、流れるプールで浮き輪に乗ったり、ビーチボールに興じてもそれはそれで楽しいだろう

しかしお付き合いがまだ浅い彼女の真剣に泳いでいる後ろ姿、お尻が浮かんで足が怪しい動きをしているその姿ほど興味深いものはなかった

そんな怪しい思いを抱いているとは寸分も感じ取っていないであろう彼女は20m位進んで顔をあげた

「よっしゃー!」弾けるような笑顔だった

もうどうでも良かった、愛おしくて仕方ない

しかし楽しさを増幅したい僕は後ろ壁を思いっきり蹴って泳ぎだした

水中の中で楽々と彼女の立つ場所を超えていくその刹那

僕は見た、足の爪が光っている

一瞬わからなかったがそれはペディキャアだった

何だか不思議な感情があった

彼女を一周して横に立上った

「ケチーと思う、壁蹴ってたもん、反則やん」

この日の為に色を付けたのだろうか

それとも普段から?

「もう一回しようや」疑問を打ち消すように主張している

女性は夏のこうゆうシチュエーションの時だけ色をつけるのか

マニキュアは理解できるが足はどうにも理解に苦しむ

靴下履くやんどうせ

後日、彼女の家でペディキュアをしている姿をぼんやり見ていた

男性には出来ないかたかなのルの字にした両脚の左を立てそこに顎を乗せ

くつろいだ表情でなにやら刷毛の赤ちゃんみたいなものを動かしている

白く柔らかそうでまあるい踵から長くふっくらとしたふくらはぎはバランスがとれていて艶めかしい、折り返して続くたっぷりとした大腿は色香があった

他人の目を意識をしていない時に見せる表情と天敵から逃れた小動物みたいに身体全体が安心しきっていてそこに彼女の素を見た

構図として申し分ない、

「写真とっていい」おもわず発した

「はっ?、何を?」

彼女の全部が好きだった

しかし僕は足フェチではない

サングラスはプールに忘れた

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